今ではよく聞くようになりましたが、人生100年時代と言われています。
今より約30年前の1991年、80歳の時に中国北部 モンゴルとの国境に位置する恩格具(おんかくばい)に、「死の土地」と呼ばれたこの地を砂漠から蘇生させて飢えに苦しむ貧しい人々を救い、97歳で生涯を終えられた人を御存じでしょうか。

中国内モンゴルのエンゲベイにある日本の農業者、遠山正瑛の像。
著者:Fanghong
CC 表示-継承 3.0
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:MasahideToyamaStatue.jpg
その方こそが遠山正瑛さんとおっしゃる方です。
京大の助手として勤務していた28歳の時、外務省から中国の土地と農業の調査研究留学で中国に着任しました。大飢饉で2000万人以上の難民を目の当たりし、砂漠の緑地化を決意しながらも、その数年後日中戦争が勃発し帰国。農学者として勤務していた大学を定年退職した翌年35年後に国交正常化になったことで、単身中国に渡ります。
私財を投じ、財団を立ち上げ、また寄付をつのり5年で100万本の植林を目指しました。当時は反日感情も根強く、何度も妨害され、大洪水に苗木が流され、時にはスパイ疑惑もかけられるなど苦難困難を乗り越え緑地化を実現しました。
更に詳しくことを知りたい方はウキペディアなどで紹介されています。
Wikipedia contributors, "遠山正瑛," Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E9%81%A0%E5%B1%B1%E6%AD%A3%E7%91%9B&oldid=88266834 (accessed July 14, 2022).
その功績から、マザー・テレサやダライ・ラマにも贈られた“アジアのノーベル賞”とも呼ばれるマグサイサイ賞を受賞。時の中国のトップ江沢民の耳に届くところとなり日本人ながら銅像が建てられました。これは中国史上初めてのことで、しかも生前に銅像を建てられたのは、毛沢東と、この日本人男性の二人だけだそうでです。

そんな功績の足元にも及びませんが、お茶のあるくらしは、カラダに良く、自然に優しい無農薬茶、有機栽培茶にこだわっています。
今…できれば今以上の自然を次の世代に残すことに少しでも貢献できれば嬉しいなと…。